2024年8月の投稿[4件]
#文字書きワードパレット
#3.ヤロ・プペン(別れ・香り・声)/マイキー(14軸)
※死・流血表現があります。
死の際に、最後まで残るのは声なのだと誰かが言っていた。誰だったっけ? ――さあ、忘れてしまった。
血の匂いが充満した部屋はひっそりと夜に沈んでいた。足もとに転がった人間の輪郭があいまいにぼやけて、それはオレの視界が歪んでいるせいだ。死んでいく直前に男が叫んだ、おそらく大事にしていたのだろう彼の家族の名前をこころの裡で反芻させた。させたが、それは一瞬のことに過ぎなかった。すぐに忘れてしまって、最初の一文字さえも思いだせない。
銃口を床に向けて両腕から力を抜いた。かなしくなるくらいになにも感じなかった。かなしいという感情がすこしも湧かないことがたまらなく、苦しい。
Yシャツの裾で、血のべっとりとついた手を拭った。できるだけ横柄に、なんでもないふうに見えるように。誰にたいしてのポーズなのかはわからない。でもずっと誰かに見られている気がして、冷淡であることを見せつけたくて、そうした。誰のために?
かなしみの感情が欠落した代わりのように、苦しいと思うことがこのところは増えた気がする。
誰のことも信じられなくなって苦しい。かつてたしかに信じていた者どもを殺さずにいられなくなったことが苦しい。
ため息をつく。結局は自分のために苦しんでいることが、それ自体が、オレをいっそう苦しませた。けれどすべて罰なのだろう。罪に与えられるべき正当な罰。罰に報いるための行いを、だからオレはしなければならない。
右手をゆっくりとした動作で持ち上げる。銃口をこめかみに押しつけて、ひとさし指を引き金にかけた。鉄の硬さとつめたさを感じた。ふ、とオレは口もとを歪めた。自嘲。
こんなときさえすこしもかなしくなかった。
鼓膜を叩く声があった。声は高かったり低かったり、どちらでもなかったりして、幾重にも重なりオレの意識にふれる。マイキー、と声が名前のかたちをなぞる。マイキー。マイキー! 誰が呼んでいるのか、わからない。わからなくてよかった。だって今こんなにも苦しくて、苦しくて、もうすべて終わりにしようとこころに決めて銃口を自らに突きつけて。
記憶のみなもを波立たせて、声たちは風のように吹いて去っていった。
死の際に、最後まで残るのは声なのだと誰かが言っていた。だから、オレはいよいよこれが最後なのだと知った。
手足の先がつめたくなっていく。破裂音。硝煙の、嘘みたいに甘い香り。誰にも「さようなら」を言わせなかったから、オレだけが言うわけにはいかない。償いのつもりで、でも、ほんとうはちゃんと別れの挨拶をしたかった。
全身が崩れていく。バラバラになる。四肢が捥げて、思考と体が、一切の機能を止める。
ああ。こぼしたつもりの声はどこにも届かずオレのうちがわだけにうっそりと響いた。
ああ、やっと終わりだ。やっと、これで終わるんだ。
「うれしいな、」
死の際に、最後まで残るのが声なのだとして、オレの声はいったい誰に残せたんだろう。誰か、一瞬でも思いだしてくれたかな。憎んでくれても構わなくて、ソイツの記憶にすこしでも存在していられていたら。……ちょっと、都合がよすぎるかな。わがままかな。ごめんね。
24.0824
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#3.ヤロ・プペン(別れ・香り・声)/マイキー(14軸)
※死・流血表現があります。
死の際に、最後まで残るのは声なのだと誰かが言っていた。誰だったっけ? ――さあ、忘れてしまった。
血の匂いが充満した部屋はひっそりと夜に沈んでいた。足もとに転がった人間の輪郭があいまいにぼやけて、それはオレの視界が歪んでいるせいだ。死んでいく直前に男が叫んだ、おそらく大事にしていたのだろう彼の家族の名前をこころの裡で反芻させた。させたが、それは一瞬のことに過ぎなかった。すぐに忘れてしまって、最初の一文字さえも思いだせない。
銃口を床に向けて両腕から力を抜いた。かなしくなるくらいになにも感じなかった。かなしいという感情がすこしも湧かないことがたまらなく、苦しい。
Yシャツの裾で、血のべっとりとついた手を拭った。できるだけ横柄に、なんでもないふうに見えるように。誰にたいしてのポーズなのかはわからない。でもずっと誰かに見られている気がして、冷淡であることを見せつけたくて、そうした。誰のために?
かなしみの感情が欠落した代わりのように、苦しいと思うことがこのところは増えた気がする。
誰のことも信じられなくなって苦しい。かつてたしかに信じていた者どもを殺さずにいられなくなったことが苦しい。
ため息をつく。結局は自分のために苦しんでいることが、それ自体が、オレをいっそう苦しませた。けれどすべて罰なのだろう。罪に与えられるべき正当な罰。罰に報いるための行いを、だからオレはしなければならない。
右手をゆっくりとした動作で持ち上げる。銃口をこめかみに押しつけて、ひとさし指を引き金にかけた。鉄の硬さとつめたさを感じた。ふ、とオレは口もとを歪めた。自嘲。
こんなときさえすこしもかなしくなかった。
鼓膜を叩く声があった。声は高かったり低かったり、どちらでもなかったりして、幾重にも重なりオレの意識にふれる。マイキー、と声が名前のかたちをなぞる。マイキー。マイキー! 誰が呼んでいるのか、わからない。わからなくてよかった。だって今こんなにも苦しくて、苦しくて、もうすべて終わりにしようとこころに決めて銃口を自らに突きつけて。
記憶のみなもを波立たせて、声たちは風のように吹いて去っていった。
死の際に、最後まで残るのは声なのだと誰かが言っていた。だから、オレはいよいよこれが最後なのだと知った。
手足の先がつめたくなっていく。破裂音。硝煙の、嘘みたいに甘い香り。誰にも「さようなら」を言わせなかったから、オレだけが言うわけにはいかない。償いのつもりで、でも、ほんとうはちゃんと別れの挨拶をしたかった。
全身が崩れていく。バラバラになる。四肢が捥げて、思考と体が、一切の機能を止める。
ああ。こぼしたつもりの声はどこにも届かずオレのうちがわだけにうっそりと響いた。
ああ、やっと終わりだ。やっと、これで終わるんだ。
「うれしいな、」
死の際に、最後まで残るのが声なのだとして、オレの声はいったい誰に残せたんだろう。誰か、一瞬でも思いだしてくれたかな。憎んでくれても構わなくて、ソイツの記憶にすこしでも存在していられていたら。……ちょっと、都合がよすぎるかな。わがままかな。ごめんね。
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#文字書きワードパレット
#2 アルプヤルナ(甘い・突風・飲み込む)/ふゆとら(9軸)
朝が来るたび絶望している自分がいる。幾つ夜を乗り越えても、絶望せずに起きられる朝はもう一生訪れないのだろう。そう思うといっそう体と頭が重たくなった。すべては自分が選んで、自分が決めて、進んできた道のはずだった。それなのに、オマエの選択はまちがいだったと、敬愛するあの人に言われている気がして呼吸がしにくかった。毎日。
寝返りをうって、カーテンのすきまからこぼれる朝日から身を逃した。それでも時間と共に部屋はあかるくなっていく。眩しさに目をほそめるが、頭はすぐに覚醒する。なにもかもがオレを裏切る。体も、心も。
「はよ」
コーヒーを飲んでいた一虎くんが、こちらを見て薄くほほ笑んだ。ずいぶんとひさしぶりに顔を合わせた気がする。生活を共にしていても活動時間を共有しているわけではないから、なんだか不思議な心地だった。
「飲む? コーヒー」
問いかけて、オレが頷く前にケトルに水を足しはじめる。ああ、はい。ツーテンポほど遅れて、もはやなんの意味も持たない返事をした。こちらに背中を向けた一虎くんの、うなじがやけに白くてまぶしかった。窓の向こうで、ごうごうと風が唸っているのを聞いた。
「今日、風つよいよ」
「……そうみたいっスね」
「外出て、吹っ飛ばされんなよ」
冗談めかして、一虎くんは言った。カウンターキッチンに立って、オレに白いうなじを見せたまま。
ソファに腰を下ろして、たばこに火をつける。煙をひと口吸ったところでインスタントコーヒーの入ったマグカップが顔の近くに差し出された。斜め上方に一虎くんの顔があった。
「どうも」
マグカップを受け取ると、一虎くんは黙ってオレの隣に座った。彼ひとり分の重みで、ソファが軋んだ。
「顔色悪ぃな」
大丈夫かよ、と無遠慮にオレの顔を覗きこむ。
「ひさしぶりにオマエの顔見たけど」
「オレも、一虎くんと会うの結構久々な気がする」
オレはコーヒーを啜って、わらった。右手の指に挟んだたばこが、ひとすじの煙を天井へと伸ばした。
「会わねぇもんな、オレら。なんだかんだ」
「っスね」
「いっしょにくらしてんのに」
どこか甘ったるさを孕んだ一虎くんの声にオレは気づかないふりをして、味の濃いコーヒーを口に含んだ。
一虎くんがなにを期待しているのかは知らない。けれど、オレには差し出せるものなど一つもなかった。だからなのかときおり、一虎くんが見せる甘さにオレは苛立つのだ。
彼の持つ人間味のようなもの、その生々しい肉っぽさ。
「こんなこと言うのはおかしいかも、だけど」
リビングの窓から、日ざしがさんさんと注いだ。一虎くんの伸ばした足の先にひかりが落ちて、輪郭を淡くふちどる。
「オマエがオレをおぼえていてくれて、正直、うれしかったよ」
ひとりごとのような一虎くんの声が、鈴のピアスの奏でる音に絡んで耳もとを漂った。
迎えに来てくれて、ありがとな。一虎くんは静かにそう続けた。
「……忘れるワケ、ないじゃねっスか」
たばこのフィルターを噛んで、顔を伏せた。前髪が額に垂れて鬱陶しかったけれど、表情を見られたくなかったから、都合がよかった。一虎くんにはオレのなにも知られたくなかった。知らないでいてほしかった。それは彼を守ることにも繋がっているはずだった。オレがどんな顔をしているかなど。
余計な情報を知れば知るほど、彼が組織に狙われる危険は強まる。この件に引きずり込んだ張本人のオレが、今さらなにをしたって手遅れだということは分かっていた。けれど、わずかにでも致命傷を避けることができるのなら、できることはしたかったのだ。
「オレ、たぶん一生アンタを忘れませんよ」
両手でカップを包んで、口もとを緩めた。一虎くんがわずかに頷いた。
「一生、死ぬまで忘れませんから」
そのほうが、アンタだってラクでしょう?――喉まで出かかった言葉を、咄嗟に飲み込んだ。隣に座る一虎くんの横顔が、さみしげに歪んだのを目の端に留めたから。彼がひどくかわいそうないきものに思えたから。
ため息とともに吐き出された煙で、目の前が濁る。
「……もう、出ます」
吸いかけのたばこを一虎くんに渡して、オレは立ち上がった。ソファの背もたれに体を預けた一虎くんが、「ん」と、か細い声で返事をした。そうしてたばこをそのうすい唇に持っていき、やわく咥えた。
――残酷なのかな。
マンションのエレベーターで、重力に体を潰されながら思った。言ったとおり、一虎くんの存在をオレは生涯かけても忘れることができないだろう。ほんとうは、とっとと忘れてしまいたかったのに、そうさせてはくれなかった彼を、オレは憎んでいる。心から。
自動ドアを抜けた途端、突風が吹いてスーツの裾をはためかせた。言いたくて、とうとう言えなかった言葉たちが風に蹴散らされていく。記憶も、こんなふうに消し飛ばしてくれたらよかったのに。
つぎに訪れた風は頬をやわらかく滑って、一歩を踏み出そうとするオレを躊躇わせた。けれど、もう歩みを止めるわけにはいかなかった。
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#2 アルプヤルナ(甘い・突風・飲み込む)/ふゆとら(9軸)
朝が来るたび絶望している自分がいる。幾つ夜を乗り越えても、絶望せずに起きられる朝はもう一生訪れないのだろう。そう思うといっそう体と頭が重たくなった。すべては自分が選んで、自分が決めて、進んできた道のはずだった。それなのに、オマエの選択はまちがいだったと、敬愛するあの人に言われている気がして呼吸がしにくかった。毎日。
寝返りをうって、カーテンのすきまからこぼれる朝日から身を逃した。それでも時間と共に部屋はあかるくなっていく。眩しさに目をほそめるが、頭はすぐに覚醒する。なにもかもがオレを裏切る。体も、心も。
「はよ」
コーヒーを飲んでいた一虎くんが、こちらを見て薄くほほ笑んだ。ずいぶんとひさしぶりに顔を合わせた気がする。生活を共にしていても活動時間を共有しているわけではないから、なんだか不思議な心地だった。
「飲む? コーヒー」
問いかけて、オレが頷く前にケトルに水を足しはじめる。ああ、はい。ツーテンポほど遅れて、もはやなんの意味も持たない返事をした。こちらに背中を向けた一虎くんの、うなじがやけに白くてまぶしかった。窓の向こうで、ごうごうと風が唸っているのを聞いた。
「今日、風つよいよ」
「……そうみたいっスね」
「外出て、吹っ飛ばされんなよ」
冗談めかして、一虎くんは言った。カウンターキッチンに立って、オレに白いうなじを見せたまま。
ソファに腰を下ろして、たばこに火をつける。煙をひと口吸ったところでインスタントコーヒーの入ったマグカップが顔の近くに差し出された。斜め上方に一虎くんの顔があった。
「どうも」
マグカップを受け取ると、一虎くんは黙ってオレの隣に座った。彼ひとり分の重みで、ソファが軋んだ。
「顔色悪ぃな」
大丈夫かよ、と無遠慮にオレの顔を覗きこむ。
「ひさしぶりにオマエの顔見たけど」
「オレも、一虎くんと会うの結構久々な気がする」
オレはコーヒーを啜って、わらった。右手の指に挟んだたばこが、ひとすじの煙を天井へと伸ばした。
「会わねぇもんな、オレら。なんだかんだ」
「っスね」
「いっしょにくらしてんのに」
どこか甘ったるさを孕んだ一虎くんの声にオレは気づかないふりをして、味の濃いコーヒーを口に含んだ。
一虎くんがなにを期待しているのかは知らない。けれど、オレには差し出せるものなど一つもなかった。だからなのかときおり、一虎くんが見せる甘さにオレは苛立つのだ。
彼の持つ人間味のようなもの、その生々しい肉っぽさ。
「こんなこと言うのはおかしいかも、だけど」
リビングの窓から、日ざしがさんさんと注いだ。一虎くんの伸ばした足の先にひかりが落ちて、輪郭を淡くふちどる。
「オマエがオレをおぼえていてくれて、正直、うれしかったよ」
ひとりごとのような一虎くんの声が、鈴のピアスの奏でる音に絡んで耳もとを漂った。
迎えに来てくれて、ありがとな。一虎くんは静かにそう続けた。
「……忘れるワケ、ないじゃねっスか」
たばこのフィルターを噛んで、顔を伏せた。前髪が額に垂れて鬱陶しかったけれど、表情を見られたくなかったから、都合がよかった。一虎くんにはオレのなにも知られたくなかった。知らないでいてほしかった。それは彼を守ることにも繋がっているはずだった。オレがどんな顔をしているかなど。
余計な情報を知れば知るほど、彼が組織に狙われる危険は強まる。この件に引きずり込んだ張本人のオレが、今さらなにをしたって手遅れだということは分かっていた。けれど、わずかにでも致命傷を避けることができるのなら、できることはしたかったのだ。
「オレ、たぶん一生アンタを忘れませんよ」
両手でカップを包んで、口もとを緩めた。一虎くんがわずかに頷いた。
「一生、死ぬまで忘れませんから」
そのほうが、アンタだってラクでしょう?――喉まで出かかった言葉を、咄嗟に飲み込んだ。隣に座る一虎くんの横顔が、さみしげに歪んだのを目の端に留めたから。彼がひどくかわいそうないきものに思えたから。
ため息とともに吐き出された煙で、目の前が濁る。
「……もう、出ます」
吸いかけのたばこを一虎くんに渡して、オレは立ち上がった。ソファの背もたれに体を預けた一虎くんが、「ん」と、か細い声で返事をした。そうしてたばこをそのうすい唇に持っていき、やわく咥えた。
――残酷なのかな。
マンションのエレベーターで、重力に体を潰されながら思った。言ったとおり、一虎くんの存在をオレは生涯かけても忘れることができないだろう。ほんとうは、とっとと忘れてしまいたかったのに、そうさせてはくれなかった彼を、オレは憎んでいる。心から。
自動ドアを抜けた途端、突風が吹いてスーツの裾をはためかせた。言いたくて、とうとう言えなかった言葉たちが風に蹴散らされていく。記憶も、こんなふうに消し飛ばしてくれたらよかったのに。
つぎに訪れた風は頬をやわらかく滑って、一歩を踏み出そうとするオレを躊躇わせた。けれど、もう歩みを止めるわけにはいかなかった。
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#文字書きワードパレット
とにかく手を、ゆびを、動かさないとだめだなと思ったので、cp理解と書く練習のためにお題をお借りしてなにかしら書いていく企画をします。ひとりで。1から順番にやってゆきます。できれば毎日(ま、毎日‥?)短文なり短歌なりSSなりテクストなりなんでもいいから、小説に満たないものものを。書いているうちになにかわかるかもしれないと期待します。
(お題(画像を含めて)は 文字書きワードパレット(X@Wisteria_Saki) 様よりお借りしました)
#1.プリンシピオ(走る・明け方・神様)/ふゆとら(9軸)
それは神様のいたずらだと誰かに言われたなら、そうかと信じてしまいそうな再会だった。
十年ぶりに千冬の顔を見たとき、殺されるのだろうなと咄嗟に思った。そして同時に、千冬の記憶の底に十年ものあいだ、オレが沈んでいたことがとてもとてもかなしかった。
「お久しぶりです、一虎くん」
いかにも高級そうな黒塗りの外車の運転席で、千冬はうすくほほ笑んでオレの名前を口にした。ムショの中ではナンバリングされていたから、名前で呼ばれるのはひどくひさしぶりのことだった。
千冬は、オレには「羽宮一虎」という名前があったことを思いださせてくれた。
よく晴れた空が眩しい日のことだった。冬のはじまる気配を伴わせた風が鼻先を掠めた。懐かしい匂いが漂って、オレはあのとき泣くべきだったのかもしれなかった。
人を殴ったあとの手は痛いし、返り血に汚れて不快だ。昔はそんなことちっとも思わずにいられたのに、不思議だった。
足もとに転がっている男たちを跨いで、路地を歩いていく。怒声が消えた道は暗く、血の臭いで満ちていた。左右を古びたビルに囲まれたゴミだらけの路地裏、こんな場所で屯ろしている末端のチンピラも東卍の一部なのかと思うと吐き気がした。
夜じゅう東京の街を駆け回り、東京卍會を追いつめるための有益な情報を探す。それがオレに与えられた仕事だった。千冬からそう依頼された。千冬はオレを雇っているつもりなのかもしれないし、利用しているだけかもしれない。ビジネス・パートナー? なんでもいい、かつての東卍を取り戻せるなら。千冬がそれを願うのならば。
千冬の望むことはすべて叶えたかった。なぜかそう、つよく思ったのだった。目的が一致しただけでオレらのあいだには特別な感情など存在しないはずだった。なのにどうして。
電信柱から枝のように伸びた電線が幾筋も、空を横切っていた。視線の先でビルの群れが赤く燃えている。夜明けだ。火をつけたばかりのたばこを足もとに落として踏み潰す。焔はまたたくまに消えた。
次第に明るくなってゆく街を、マンションに向かって歩く足が、気づいたら早足になり、いつのまにか走りだしていた。朝が来てしまう前に帰りたかった。千冬の帰りはいつも明け方だから、帰ってきたときには顔を見て、「おかえり」を言いたかった。千冬はそんなものを少しも望んじゃいないだろうけれど。どうせ一緒にいるのなら、オレの自己満足にもちょっとはつきあってもらってもいいのではないかと思う。
口の端からこぼれた息が頬に当たった。吐き出される自らの息のあたたかさに、オレは思わず安心してしまう。
24.0818
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とにかく手を、ゆびを、動かさないとだめだなと思ったので、cp理解と書く練習のためにお題をお借りしてなにかしら書いていく企画をします。ひとりで。1から順番にやってゆきます。できれば毎日(ま、毎日‥?)短文なり短歌なりSSなりテクストなりなんでもいいから、小説に満たないものものを。書いているうちになにかわかるかもしれないと期待します。
(お題(画像を含めて)は 文字書きワードパレット(X@Wisteria_Saki) 様よりお借りしました)
#1.プリンシピオ(走る・明け方・神様)/ふゆとら(9軸)
それは神様のいたずらだと誰かに言われたなら、そうかと信じてしまいそうな再会だった。
十年ぶりに千冬の顔を見たとき、殺されるのだろうなと咄嗟に思った。そして同時に、千冬の記憶の底に十年ものあいだ、オレが沈んでいたことがとてもとてもかなしかった。
「お久しぶりです、一虎くん」
いかにも高級そうな黒塗りの外車の運転席で、千冬はうすくほほ笑んでオレの名前を口にした。ムショの中ではナンバリングされていたから、名前で呼ばれるのはひどくひさしぶりのことだった。
千冬は、オレには「羽宮一虎」という名前があったことを思いださせてくれた。
よく晴れた空が眩しい日のことだった。冬のはじまる気配を伴わせた風が鼻先を掠めた。懐かしい匂いが漂って、オレはあのとき泣くべきだったのかもしれなかった。
人を殴ったあとの手は痛いし、返り血に汚れて不快だ。昔はそんなことちっとも思わずにいられたのに、不思議だった。
足もとに転がっている男たちを跨いで、路地を歩いていく。怒声が消えた道は暗く、血の臭いで満ちていた。左右を古びたビルに囲まれたゴミだらけの路地裏、こんな場所で屯ろしている末端のチンピラも東卍の一部なのかと思うと吐き気がした。
夜じゅう東京の街を駆け回り、東京卍會を追いつめるための有益な情報を探す。それがオレに与えられた仕事だった。千冬からそう依頼された。千冬はオレを雇っているつもりなのかもしれないし、利用しているだけかもしれない。ビジネス・パートナー? なんでもいい、かつての東卍を取り戻せるなら。千冬がそれを願うのならば。
千冬の望むことはすべて叶えたかった。なぜかそう、つよく思ったのだった。目的が一致しただけでオレらのあいだには特別な感情など存在しないはずだった。なのにどうして。
電信柱から枝のように伸びた電線が幾筋も、空を横切っていた。視線の先でビルの群れが赤く燃えている。夜明けだ。火をつけたばかりのたばこを足もとに落として踏み潰す。焔はまたたくまに消えた。
次第に明るくなってゆく街を、マンションに向かって歩く足が、気づいたら早足になり、いつのまにか走りだしていた。朝が来てしまう前に帰りたかった。千冬の帰りはいつも明け方だから、帰ってきたときには顔を見て、「おかえり」を言いたかった。千冬はそんなものを少しも望んじゃいないだろうけれど。どうせ一緒にいるのなら、オレの自己満足にもちょっとはつきあってもらってもいいのではないかと思う。
口の端からこぼれた息が頬に当たった。吐き出される自らの息のあたたかさに、オレは思わず安心してしまう。
24.0818
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#4.アコルダール(足音・耳・一目惚れ)/ドラマイ(最終軸・中3)
※東卍解散後、捏造
校舎の側に植えられた桜の樹が、窓に向かって枝を伸ばしていた。ふかみどり色の葉が揺れるたび、窓にもたれかかった万次郎の顔に淡い影が落ちる。放課後の、ひとけのなくなってきた廊下の窓辺で彼を待つのはきらいじゃあなかった。彼は必ずここに来ると決まっているから、安心していられた。来ない、ということはあり得なかった。いつも。
彼とは登下校も一緒で、学校にいるあいだも一緒で、放課後も一緒――というとなんだか恋人みたいだなと万次郎は思い、ひっそりとわらう。でもそれくらいオレはケンチンのことがすきなんだ。恋人じゃねぇけど、恋人みたいだと思ってうれしくなるくらいには。
廊下の先から足音が聞こえてきて顔を上げる。視線が彼の姿を捉えた瞬間、万次郎の頬が自然と緩んだ。
「おかえり」
と万次郎が言うのに堅は不思議そうな顔をこしらえて、けれどすぐに「ただいま」とかえした。
「悪ぃ、遅くなった」
進路指導、というものが自分たちの人生に関わってくるなんて、暴走族をやっていたころには微塵も想像できなかった。教師に将来を「指導」される、なんて、とんでもなく野暮だし無粋だ。堅も万次郎もそう思っていてずっとスルーしていたのだけれど、三年生も半ばを過ぎた今、とうとう呼び出しを食らってしまった。今日は堅の番だった。
「どうだった?」
肩を並べて歩きながら、万次郎は問うた。あくびまじりに、さほど興味のなさそうに。堅もつられてあくびをした。
「進学しねぇでバイク屋で働くっつった」
「ん」
そおかあ、と万次郎は天を仰ぐ。
「進学しろってうるせーうるせー。よけーなお世話だっつーの」
「ケンチンはガッコよりバイク屋のがぜったい似合うよ」
「オマエは?」
「オレー? まだわかんねーなー」
進路指導の意味ねぇじゃん、と堅はわらった。
「先のことはわかんねぇよ」
「ま、そうだよな」
でもさぁ、と万次郎は斜め上にある堅の横顔を見た。左耳のピアスが、傾きはじめた日の光を受けてささやかに瞬いた。広い夜空にひとつっきり浮かぶ、星のようだった。
「でもさぁ、オレはずっとケンチンのそばにいるよ」
それは確信であり、また希求でもあった。そうでありたいと万次郎が心から願ってやまないことだった。
「今も、これからも、大人んなっても、ずっと一緒にいる」
言いきってから、
「なんか……、そんな気がする」と付け足した。軽く顔を俯けて。
耳がやけにあたたかくて、万次郎は上履きのつまさきを見つめた。なんか、これ、告白してるみてぇ、と急激に恥ずかしくなった。べつに恋人でもねぇのに、こんなこと言って。
開け放たれた窓から風が滑りこんで、ふたりの制服のシャツを撫でた。さらりと乾いた風は夏の盛りに比べてずい分と涼しいものになり、季節が終わる気配をはらんでいた。
「そうなると、いいな」
堅の声は素朴にあかるく、万次郎はほっとする。そうして、すきだな、と思う。つくづく。一目惚れだったから、コイツには。はじめて出会ったときに、もう恋をしていた。
「そうするから、オレが」
ぼそりとつぶやく。その言葉は堅の耳には届かなかったようだった。昇降口に向かって歩くリズムは安定していて、万次郎の歩幅に合わせているせいでいつもよりわずかにゆっくりだ。
斜めにさす光があかね色に染まりはじめていた。ほんのりと朱を帯びた堅の輪郭を見、万次郎は視線を前に向けた。未来のことは知っている。でも、どうなるかなんてほんとうはわからない。愛してるよケンチン。ずっとだいすきだからね。それだけがたしかなことで、隣を歩む彼がいつかの未来にも消えないでいてくれ、と、万次郎は誰にでもなく自分に希う。
24.0824
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