大人みつゆず



 アルコールが入るとまなじりが赤くなる、色白の肌にほんのりと朱がさすその瞬間が好きだと気づいたのは、ふたりきりで飲みに行って何回めのことだろう。考えようとして柚葉は、そんなの忘れた、と思考をアルコールで飲み下した。喉を滑り落ちていくカクテルは妙に甘ったるい。
 佇まいはちいさいが清潔で小洒落たバーの、カウンター席に並んで座った。互いの肩同士がふれあいそうなほど近い距離にあって、けれどそれを気にするほど、三ツ谷と柚葉の関係は遠くなかった。近いものでもなかったけれど。
「つぎ、なんか飲む?」
 三ツ谷は頬杖をついて、視線をこちらに向けた。うす赤く染まったまなじりを見とめて、かれがわずかにでも酔っていることを知る。
 男ともだち同士の酒の席ではわからないけれど、かれが柚葉の前でべろべろになるまで飲むことはなかった。少なくともこれまでそんな三ツ谷の姿を見たことはない。もっと飲んで酔っ払いなよ、と、飲みに行くたびに柚葉は思う。いっそう前後不覚になるくらい、肩を貸さないと立って歩けないくらい。アタシがタクシー呼んでやらないと、家に帰れないくらいに。
 三ツ谷の問いかけに、うーん、と言いながら視線をワイングラスが並ぶ中空に向けた。カウンターの向こうでは初老のマスターがグラスを拭いている。店内はうす暗く、客はほかにいなかった。グラスの中で氷が溶けて、涼やかな音が鳴る。
「アンタは? まだ飲む?」
 三ツ谷の手もとに置かれた、からになったグラスを見やる。質問に質問で返してしまった、と、すこしだけ後悔した。けれどそれも一瞬のことだった。
「どーすっかな」
 言いながら、三ツ谷がスツールに座りなおした。そのときわずかに、肩がふれた。それはほんとうに一瞬の、瞬き一回にも満たないほどの短い時間のことだった。
 けれど、互いに目を合わせる理由にするにはじゅうぶんで、視線と視線が絡み、どちらかともなく口角が持ち上がって、「ごめん」と、声が重なった。
 柚葉は細く息を洩らした。ため息のような、ほほ笑みのような、あいまいな吐息。
 今夜もまた、お互いに、べろべろに酔うことはないと知っていた。てきとうなとこでお開きにして、三ツ谷がタクシーを呼んで、相乗りしてそれぞれの家に帰る。三ツ谷はアタシを、先に下ろす。そういう男だ、コイツは。
「たまには裏切っていいのに」
 柚葉はつぶやいた。それは三ツ谷にも届いているはずだった。けれど、かれはなにも言わなかった。

(2023.09.10)
――いつか、きれいに裏切ってね。

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