#文字書きワードパレット #4.アコルダール(足音・耳・一目惚れ)/ドラマイ(最終軸・中3)※東卍解散後、捏造続きを読む 校舎の側に植えられた桜の樹が、窓に向かって枝を伸ばしていた。ふかみどり色の葉が揺れるたび、窓にもたれかかった万次郎の顔に淡い影が落ちる。放課後の、ひとけのなくなってきた廊下の窓辺で彼を待つのはきらいじゃあなかった。彼は必ずここに来ると決まっているから、安心していられた。来ない、ということはあり得なかった。いつも。 彼とは登下校も一緒で、学校にいるあいだも一緒で、放課後も一緒――というとなんだか恋人みたいだなと万次郎は思い、ひっそりとわらう。でもそれくらいオレはケンチンのことがすきなんだ。恋人じゃねぇけど、恋人みたいだと思ってうれしくなるくらいには。 廊下の先から足音が聞こえてきて顔を上げる。視線が彼の姿を捉えた瞬間、万次郎の頬が自然と緩んだ。「おかえり」 と万次郎が言うのに堅は不思議そうな顔をこしらえて、けれどすぐに「ただいま」とかえした。「悪ぃ、遅くなった」 進路指導、というものが自分たちの人生に関わってくるなんて、暴走族をやっていたころには微塵も想像できなかった。教師に将来を「指導」される、なんて、とんでもなく野暮だし無粋だ。堅も万次郎もそう思っていてずっとスルーしていたのだけれど、三年生も半ばを過ぎた今、とうとう呼び出しを食らってしまった。今日は堅の番だった。「どうだった?」 肩を並べて歩きながら、万次郎は問うた。あくびまじりに、さほど興味のなさそうに。堅もつられてあくびをした。「進学しねぇでバイク屋で働くっつった」「ん」 そおかあ、と万次郎は天を仰ぐ。「進学しろってうるせーうるせー。よけーなお世話だっつーの」「ケンチンはガッコよりバイク屋のがぜったい似合うよ」「オマエは?」「オレー? まだわかんねーなー」 進路指導の意味ねぇじゃん、と堅はわらった。「先のことはわかんねぇよ」「ま、そうだよな」 でもさぁ、と万次郎は斜め上にある堅の横顔を見た。左耳のピアスが、傾きはじめた日の光を受けてささやかに瞬いた。広い夜空にひとつっきり浮かぶ、星のようだった。「でもさぁ、オレはずっとケンチンのそばにいるよ」 それは確信であり、また希求でもあった。そうでありたいと万次郎が心から願ってやまないことだった。「今も、これからも、大人んなっても、ずっと一緒にいる」 言いきってから、「なんか……、そんな気がする」と付け足した。軽く顔を俯けて。 耳がやけにあたたかくて、万次郎は上履きのつまさきを見つめた。なんか、これ、告白してるみてぇ、と急激に恥ずかしくなった。べつに恋人でもねぇのに、こんなこと言って。 開け放たれた窓から風が滑りこんで、ふたりの制服のシャツを撫でた。さらりと乾いた風は夏の盛りに比べてずい分と涼しいものになり、季節が終わる気配をはらんでいた。「そうなると、いいな」 堅の声は素朴にあかるく、万次郎はほっとする。そうして、すきだな、と思う。つくづく。一目惚れだったから、コイツには。はじめて出会ったときに、もう恋をしていた。「そうするから、オレが」 ぼそりとつぶやく。その言葉は堅の耳には届かなかったようだった。昇降口に向かって歩くリズムは安定していて、万次郎の歩幅に合わせているせいでいつもよりわずかにゆっくりだ。 斜めにさす光があかね色に染まりはじめていた。ほんのりと朱を帯びた堅の輪郭を見、万次郎は視線を前に向けた。未来のことは知っている。でも、どうなるかなんてほんとうはわからない。愛してるよケンチン。ずっとだいすきだからね。それだけがたしかなことで、隣を歩む彼がいつかの未来にも消えないでいてくれ、と、万次郎は誰にでもなく自分に希う。24.0824畳む 2024.8.24(Sat) 07:43:34 ShortShort,ドラマイ
#4.アコルダール(足音・耳・一目惚れ)/ドラマイ(最終軸・中3)
※東卍解散後、捏造
校舎の側に植えられた桜の樹が、窓に向かって枝を伸ばしていた。ふかみどり色の葉が揺れるたび、窓にもたれかかった万次郎の顔に淡い影が落ちる。放課後の、ひとけのなくなってきた廊下の窓辺で彼を待つのはきらいじゃあなかった。彼は必ずここに来ると決まっているから、安心していられた。来ない、ということはあり得なかった。いつも。
彼とは登下校も一緒で、学校にいるあいだも一緒で、放課後も一緒――というとなんだか恋人みたいだなと万次郎は思い、ひっそりとわらう。でもそれくらいオレはケンチンのことがすきなんだ。恋人じゃねぇけど、恋人みたいだと思ってうれしくなるくらいには。
廊下の先から足音が聞こえてきて顔を上げる。視線が彼の姿を捉えた瞬間、万次郎の頬が自然と緩んだ。
「おかえり」
と万次郎が言うのに堅は不思議そうな顔をこしらえて、けれどすぐに「ただいま」とかえした。
「悪ぃ、遅くなった」
進路指導、というものが自分たちの人生に関わってくるなんて、暴走族をやっていたころには微塵も想像できなかった。教師に将来を「指導」される、なんて、とんでもなく野暮だし無粋だ。堅も万次郎もそう思っていてずっとスルーしていたのだけれど、三年生も半ばを過ぎた今、とうとう呼び出しを食らってしまった。今日は堅の番だった。
「どうだった?」
肩を並べて歩きながら、万次郎は問うた。あくびまじりに、さほど興味のなさそうに。堅もつられてあくびをした。
「進学しねぇでバイク屋で働くっつった」
「ん」
そおかあ、と万次郎は天を仰ぐ。
「進学しろってうるせーうるせー。よけーなお世話だっつーの」
「ケンチンはガッコよりバイク屋のがぜったい似合うよ」
「オマエは?」
「オレー? まだわかんねーなー」
進路指導の意味ねぇじゃん、と堅はわらった。
「先のことはわかんねぇよ」
「ま、そうだよな」
でもさぁ、と万次郎は斜め上にある堅の横顔を見た。左耳のピアスが、傾きはじめた日の光を受けてささやかに瞬いた。広い夜空にひとつっきり浮かぶ、星のようだった。
「でもさぁ、オレはずっとケンチンのそばにいるよ」
それは確信であり、また希求でもあった。そうでありたいと万次郎が心から願ってやまないことだった。
「今も、これからも、大人んなっても、ずっと一緒にいる」
言いきってから、
「なんか……、そんな気がする」と付け足した。軽く顔を俯けて。
耳がやけにあたたかくて、万次郎は上履きのつまさきを見つめた。なんか、これ、告白してるみてぇ、と急激に恥ずかしくなった。べつに恋人でもねぇのに、こんなこと言って。
開け放たれた窓から風が滑りこんで、ふたりの制服のシャツを撫でた。さらりと乾いた風は夏の盛りに比べてずい分と涼しいものになり、季節が終わる気配をはらんでいた。
「そうなると、いいな」
堅の声は素朴にあかるく、万次郎はほっとする。そうして、すきだな、と思う。つくづく。一目惚れだったから、コイツには。はじめて出会ったときに、もう恋をしていた。
「そうするから、オレが」
ぼそりとつぶやく。その言葉は堅の耳には届かなかったようだった。昇降口に向かって歩くリズムは安定していて、万次郎の歩幅に合わせているせいでいつもよりわずかにゆっくりだ。
斜めにさす光があかね色に染まりはじめていた。ほんのりと朱を帯びた堅の輪郭を見、万次郎は視線を前に向けた。未来のことは知っている。でも、どうなるかなんてほんとうはわからない。愛してるよケンチン。ずっとだいすきだからね。それだけがたしかなことで、隣を歩む彼がいつかの未来にも消えないでいてくれ、と、万次郎は誰にでもなく自分に希う。
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