暗い夜空の下に立っていると、ムショにいた時のことを思いだす。なにか問題を起こすと放りこまれたまっ暗な独居房の中で、壁を四角に切り抜いた味気ない窓をぽかんと見つめていたあの時のこと。
窓の向こうの夜空は黒色の絵の具をべったりと塗りたくったように重たかった。季節や時間によっては月や星が見えることがあって、消灯時間を過ぎても一向に眠くならない夜を、ささやかすぎるその光だけを救いと思って生きていた。
ムショに収容されている他のガキ連中に比べてずい分おとなしくしていたせいか、オレはしばしば目をつけられて喧嘩を吹っ掛けられた。睨みやがっただの肩がぶつかったのにシカトしただの。理由はいろいろだったけれど要するにオレの存在そのものが気に食わなかったのだ。いくら髪を黒くしてもポロシャツを着てボタンをぴっちり留めても、くびすじに刻んだタトゥーは隠しきれなかったし、オレが東京卍會との抗争に加わった人間であることは所内にはとっくに知れ渡っていた。
売られた喧嘩は買わなかった。散々ボコられた挙句先に手を上げたと濡れ衣を着せられて、独居房に入れられるのは毎回オレの役目だった。ガキ共のストレス解消と都合の良いサンドバッグにされる日々は、でもオレを安らかにさせた。殴られるたび一歩ずつ、死に近づける気がした。
死のうと積極的に思っていたのは最初のうちだけだった。収容される直前、面会に来てくれたドラケンに釘を刺されたあとは、死を渇望する気持ちはするすると萎んだ。けれど日々を生きるあいだに何度か、それは訪れた。トイレで用を足している時や慌ただしくシャワーを浴びている時。死の気配はふいにやって来て、オレの背中を押そうとした。驚いてふり返ってみてもそこには何もなくて、何もないことが、むしろ絶望だった。
独居房の窓を見上げて過ごす眠れない夜、オレを押し潰そうとする不安や焦燥や死の手招きを、星と月の光が慰めた。ぽつんと佇むかすかな光が、あんなにちっぽけなくせにまぶしくて不思議だった。
一度だけ、柵越しの夜空にひとすじの流れ星を見たことがある。固いベッドに横たわったオレの見つめる先で、それはあっというまに流れて視界から消えた。
流れ星に願い事をすれば叶う。そんなオカルトを信じたくなるくらい、その時のオレはすべてを諦めていたのだと思う。諦めていて、かなしくて、やりきれなくて、さみしかった。
口の中で願い事をつぶやいた。声には出さなかった。流れ星はとっくに跡形もなく消えてしまって、そうでなくとも、オレの願いは絶対に叶わないことを最初から知っていた。